DIANの挑戦:DIAN研究とDIAN-TU研究

歴史

DIAN研究とはDominantly Inherited Alzheimer Network研究の略称です[図1]。2008年から始まった米国ワシントン大学を中心とした新しい画期的な臨床研究で、常染色体優性遺伝アルツハイマー病(Autosomal dominantly inherited Alzheimer disease: DIADの発症者および未発症者600例を対象として病気の経過を観察する研究です*1。米国政府から研究費の支援を受け、主任研究者はワシントン大学アルツハイマー病研究施設のジョン・モリス教授とランドール・ベイトマン教授です。

*1:参照文献
Bateman RJ et al. : Dominantly Inherited Alzheimer Network. Clinical and biomarker changes in dominantly inherited Alzheimer's disease. N Engl J Med. 2012 Aug 30;367(9):795-804.

DIAN研究ロゴ(シンボルマーク) 父親(赤い四角)がDIAD発症者で、夫婦に4人の子供がいる想定での家系図

図1:DIAN研究ロゴ(シンボルマーク)
父親(赤い四角)がDIAD発症者で、夫婦に4人の子供がいる想定での家系図

DIAN研究は、DIAD患者やその家族とワシントン大学間の長い信頼関係から発展してきた取り組みです。元々は、ロシアのヴォルガ川流域からアメリカに移民してきたドイツ系のDIAD家系であるレイスウィグ家は家系内に若年性認知症が多発することで悩み続けておりました。レイスウィグ家の人々は、自分たちの病気の根底にある病態の解明と治療法の開発を通じて病気から解放されることを願って、当時のワシントン大学の神経内科教授トーマスバードらの研究に協力することにしました。この信頼関係は1995年にシェレンバーグ博士による研究で原因遺伝子(プレセニリン2)発見につながり、発病のメカニズムが解明され、具体的な新薬開発の挑戦にまで結びつきました。

2013年からは観察研究から新薬を用いたDIAN-trials unit (DIAN-TU)の介入研究(試験)へと移行して病態修飾薬の二重盲検試験が始まりました。このようにDIAN研究は、日本が参加するまでに英国、独、オーストラリアなど医療先進国に拡がっている先駆的医療研究です。

目的と研究成果

目的

DIAD患者やその家族と共にADの克服、子供たちの発症予防が最終的なゴールです。

DIAN研究(第一期)および関連研究の研究成果

DIAN研究では、2012年までに全体で251人が参加し、その内訳は症状がなく遺伝子異常もない(無症候ノンキャリア)(74例、平均41歳、家系の平均発症年齢46歳、教育歴15年、平均MMSE29点)、現在症状はないが遺伝子異常を持っている(無症候性キャリア)(75例、平均34歳、家系の平均発症年齢47歳、教育歴14年、平均MMSE29点)、発症者(66例、平均45歳、家系の平均発症年齢46歳、教育歴14年、平均MMSE23点)です。初回訪問時の検査の完了率は、認知症の程度を評価する尺度検査法であるCDRで100%、International Personality Item Poolで93%、他神経心理検査で94〜99%、MRI脳画像検査[図2]で95%、PiB-PETによるアミロイドイメージング検査[図3]で91%、ブドウ糖(FDG)-PETで91%、腰椎穿刺は91%でした。

MRI 脳画像 脳組織の体積が正確に調べられるMRI脳画像検査では、脳内部の空間である脳室の拡大と脳のしわ(脳回)の萎縮が観察される

図2:MRI 脳画像
脳組織の体積が正確に調べられるMRI脳画像検査では、脳内部の空間である脳室の拡大と脳のしわ(脳回)の萎縮が観察される

アミロイドPET検査実施風景 本邦で初例となるアミロイドPET検査は、臨床研究をリードした三木教授(当時)自ら被験者と成り、検査の安全性確認をされました

図3:アミロイドPET検査実施風景
本邦で初例となるアミロイドPET検査は、臨床研究をリードした三木教授(当時)自ら被験者と成り、検査の安全性確認をされました

CDR、MMSE、論理記憶などの認知機能は親の発症年齢の15〜10年前から低下し、記憶に関係する脳の海馬の容積が縮小したり、楔前部(けつぜんぶ)という脳の一部の糖代謝が10年ほど前から低下します*2。さらに、脳内アミロイドが、PiB-PETによるアミロイドイメージング画像[図4]により発症20年前から脳内で蓄積することが明らかとなりました。脳脊髄液中のタウ、Aß42、血液中のAßなども発症20~15年前から変化することも分かってきました。特殊なMRI解析によるDefault Mode Network(特殊な神経のネットワーク)の発症前変化、アミロイド蓄積によるエピソード記憶低下なども明らかにされました。

*2:参照文献
Benzinger TL et al. : Regional variability of imaging biomarkers in autosomal dominant Alzheimer's disease. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Nov 19;110(47):E4502-9.

アミロイドPETによる脳画像 アミロイドPET検査では、脳内のアミロイド老人斑の増加を画像で調べることができる最新検査法である

図4:アミロイドPETによる脳画像
アミロイドPET検査では、脳内のアミロイド老人斑の増加を画像で調べることができる最新検査法である

つまりDIAN研究の最大の研究成果は、アルツハイマー病がある日突然発病するのではなく、脳内での変化[図5]が徐々にゆっくりと時間をかけて進行していくことが分かったことです。逆に、早期に発病のスイッチが入っていることが分かれば、治療をする最適な時期が分かることが期待されます。

遺伝子変異による浸透率は、変異を持つ人が発症する割合を意味しますが、DIADの浸透率は100%です。ライマン博士らのDIADの論文の解析では、発症年齢は、遺伝子の種類とその変異によって様々ですが、親の発症年齢と罹病期間は極めて一致することを明らかにしました*3。従って、親が発症する年齢より若年の未発症で遺伝子変異を持つ人(変異キャリアー)や認知症発症以後の認知機能、髄液や脳の画像[図6]などの経過観察を行えば、ADの病気の原因やその過程が全て明らかになり、さらに、この経過に対して疾患修飾薬による介入を行えば、少数例でも厳密な意味で予防効果を臨床的に評価ができることがわかってきました。2012年にベイトマン教授によって発表されたDIAN研究の結果はADNI研究で予想されたADの自然経過に証拠を与えることとなり、以後の新薬の開発に極めて大きな影響を及しています。

*3:参照文献
Ryman DC et al. : Dominantly Inherited Alzheimer Network. Symptom onset in autosomal dominant Alzheimer disease: a systematic review and meta-analysis. Neurology. 2014 Jul 15;83(3):253-60

DIAN研究成果 心理テスト(記憶テストなど)の点数変化、脳脊髄液マーカー(Aβ42やタウ)の測定、海馬などの萎縮、神経活動の活発さを糖代謝でみるFDG-PRT検査、アミロイドPET検査を統一基準で実施し、その変化を1つのグラフに表した

図5:DIAN研究成果
心理テスト(記憶テストなど)の点数変化、脳脊髄液マーカー(Aβ42やタウ)の測定、海馬などの萎縮、神経活動の活発さを糖代謝でみるFDG-PRT検査、アミロイドPET検査を統一基準で実施し、その変化を1つのグラフに表した

アルツハイマー病脳組織病変 アルツハイマー病の脳は病状の進行に伴い、萎縮による脳重低下と2つの病変(赤矢印:アミロイド老人斑と水色矢印:アルツハイマー病神経原線維変化)が増加する。脳組織像は、秋山治彦博士よりご恵与された。

図6:アルツハイマー病脳組織病変
アルツハイマー病の脳は病状の進行に伴い、萎縮による脳重低下と2つの病変(赤矢印:アミロイド老人斑と水色矢印:アルツハイマー病神経原線維変化)が増加する。脳組織像は、秋山治彦博士よりご恵与された。

DIAN研究とDIAN-J研究

DIAN-J(DIAN-Japan)研究は、DIAN研究の日本版(日本で独自に実施しているDIAN研究)ではありません。それどころか正確には、DIAN-J研究は日本で実施する米国DIAN研究そのもののことです[図7]。すべて米国と同じ条件で行われており、全世界で完全に同じ検査をするグローバル研究です。日本でも2年間の準備期間を経て2016年(平成28年)3月に、DIAN-Jの被験者組み入れがスタートしました。

DIAN-J研究参加施設一覧 検査施設番号は、ワシントン大学に検査結果を報告する医療機関に付与される

図7:DIAN-J研究参加施設一覧
検査施設番号は、ワシントン大学に検査結果を報告する医療機関に付与される

DIAN-Jチームがしてきたこと

DIAN研究組織は、全国の医療機関にまたがっていますが、必ずしもすべての認知症疾患医療センターや大学がDIAN-J研究メンバーになっているわけではありません。長年、家族性アルツハイマー病と向きあってきた医療機関がメンバーとなっています。このメンバーが、DIAN研究の本拠地である米国セントルイスにあるワシントン大学に2013年にDIAN研究視察のために訪問しました。ワシントン大学からの招聘は、世界で初めての被験者への薬剤投与となる介入(DIAN-TU)開始第1例目に日本のチームが立ち会えるように配慮して下さいました。

後にDIAN-Jチームとなるメンバーは、世界で初めての被験者への薬剤投与となる介入(DIAN-TU)開始第1症例目となる被験者の受診という歴史的瞬間に立ち会うことからDIAN-J研究がスタートしました。実際に世界初となる米国人被験者と面接し、3日間の検査に立ち会い、研究体制とスタッフをつぶさに観察することができました。また、厳密なプロトコールと検査システムなども勉強して帰国しました*4。帰国後、厚生労働省の指導を仰ぎながら、本邦の認知症の人と家族会、全国の認知症疾患医療センター、認知症専門医の協力を仰ぎながら、家族性ADの人およびその家族に対する支援体制に関する臨床実態調査事業を厚生労働科学研究費の支援の下に開始し、日本における若年性認知症患者と家族が困難な状況に置かれている事、既に遺伝子解析が行われたDIADが140名ほどおり、ほぼこの2倍の患者が推定されました*5

*4:参照文献
森啓、東海林幹夫、池田将樹、池内健、岩坪威、嶋田裕之:Dominantly Inherited Alzheimer’s Network (DIAN)について。Dementia Japan 28: 116-126, 2014

*5:参照文献
森啓:家族性アルツハイマー病の人およびその家族に対する支援体制に関する調査研究事業。平成25年度老人保健事業推進費等補助金。老人保健検鏡増進事業報告書。2014年3月[ PDFダウンロード

これらの基礎的準備の下に、2015年度から厚生労働省および総理府管轄の日本医療開発機構(AMED)の研究費支援によってDIAN-J研究が動き始めました。課題名は「家族性アルツハイマー病に関する縦断的観察コホート研究」(DIAN-Jと略称)で、登録被験者数は30例以上を予定しています。完全なグローバル研究で、プロトコール上米国の法律・規制で日本に存在していないものや、人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に従うなど、グローバル研究としての標準化に合致させる工夫にも成功しました。日本国内の適切なルールに従うようにワシントン大学とは綿密で詳細な交渉が繰り返し行われました。日本ではこの種の優性遺伝疾患では初めてのグローバル研究で、しかも、発症前の参加者があることから、全例で遺伝子カウンセリングを導入することとしました。カウンセリング費用はDIAN-Jが負担することとし、このための体制の整備も慎重に検討いたしました。

DIAN-Jを要約すると、DIADグローバル多施設共同研究で、アメリカの認知症研究で使用される詳細な認知機能検査の国際標準化版を使用します。ADNI研究との比較も行います。画像データはアメリカの画像データベースへ保管管理します。また開始前には遺伝カウンセリングを行い、他の参加国とともに600名のリクルートを行い、2年毎の定点観察のために来院時に全てのマーカー検査をおこないます。遠隔来院では電話インタビューをおこないます。DIAN-J研究への参加資格としては、明らかな遺伝子に変異を有する親族で、20歳以上、小学校6年生以上の言語能力を有する方で、2名のスタディーパートナーが必要です。遺伝子解析結果は遺伝カウンセリングを行った後、本人が希望すれば、DIAN-Jサイト医療者には伝えられない様にして本人に開示することができます。各種検査の保存、入力登録はDIAN-J実施施設の専門スタッフによりインターネットを介して英語でWeb入力をおこない、米国主導で品質管理が行われます。

研究の準備で最も重要で時間がかかったのは、神経心理学的検査やプロトコール、検査用紙、インターネット上のWeb入力サイト、日本のスタッフ、設備、施設および品質コントロールの日本語-英語間のすりあわせとその確認に関して膨大な交渉が必要になったからです。この様なグローバル研究は現在世界的な趨勢(すうせい)となって来つつ有り、本邦で遅れているこの様な体制の整備自身が認知症領域では前例が無く重要な研究になっていると考えられます。

参加対象者

DIAN研究に参加する被験者は、通常の場合、その親が発症し、その遺伝子変異が家系内の血液検査で明らかにされているDIAD患者の子が対象者となります。ただ、自分自身が遺伝子の変異を持っているのか、持っていないのかは、医療者の間では完全にブラインド(わからない状態)になっており、先入観が無い状態で、種々の検査を遂行されることになります。

DIAN研究は未発症者の発病を予防するというのが目標で、20歳(米国では18歳)以上の成人が被験者要件となっています。被験者の80%は未発症者であり、20%は発症者とする計画です。未発症者の約半数は遺伝変異を有するキャリアー(遺伝変異を持つ人)であり、残りの半数は遺伝変異を持たないノンキャリアーです。

実際に研究に参加(エントリー)できるのかは、これらの数値と一致するかどうか、また、当該被験者が、キャリアーかノンキャリアーかは医療者には知らされません。従って、医療者から被験者に知らせることも出来ません。完全なブラインドの条件下で医療者、家族が研究を推進する事になっています。

DIAN-J研究に参加するメリット(利点)

国際的に統一した臨床研究に参加することで、アルツハイマー病医療の先端情報に触れ、新しい治療法を受ける研究に参加できること。また、同じ遺伝性の疾患をもつ家族とのふれあいを通じた一体感を共有し、病気に立ち向かう機会を得ることができること。発症前の病状の正確な検査を通じて病態が正確に把握されること。必ずしも被験者に検査結果がフィードバックされないが、緊急、且つ重篤な不測事態には対応してもらえること。DIAN研究からDIAN-TU研究へ移行することによって、初期症状の出る未発症の段階で認知症の新しい治療薬の開発に参加することができること。DIANでは、有効な薬剤に出会うまで医療側からの薬剤介入の提供を継続して受けることができること、などがあります。

DIAN-J研究に参加することによるデメリット(欠点)

各種多数の検査を受けなければならないこと。検査に必要な時間的制約があること。神経心理テストでは、数種類の複雑なテストを受けなければならないこと。通常の診療行為の範囲内の検査ですが、注射針を刺すなど侵襲性のある検査や被曝性のあるPET検査などを受けなければならないこと、などがあります。この検査による被曝量は、胸部レントゲン検査と、ほぼ同じです。

文責:森啓、嶋田裕之、藤井比佐子、東海林幹夫、池内健、鈴木一詩